ほんといろいろ。

読書とただ日常は日記か何か

本を読み終え感想を書くという幻想

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本を読み終えたとしますね。はい、では感想を述べてください、と言われて即座に、「はいそうですね、アレコレこうでああで。。」と答えられるかと言われれば、僕は無理です。

そもそも感想とは何ですの?読み終えた感想と言われても、「疲れました」くらいしか出てこないよね。はい、どうも屁理屈くんです。

いや、いいんです。キチンと答えられる人もいるのだろうし、それはそれで。

でも僕の場合は、それが上手くできない。読書してその本の感想を書くというのは、どういうことなのだろうかね。まだイマイチわからんちん。

途中で湧き起こる衝動

でもね、本を読んでいると、明らかに途中だし、特にその本の重要な場面でもないのに、ふと強い衝動が生まれる瞬間がありますね。いや瞬間というのは少し違うかもしれないけれども。多分徐々に湧いてきてる。

この記事を書き始めたのだって、とある本を読んでいて、いきなり思いついたことだったり。とくに最近で言うと、本についてブログを書き始めるのは、正直言うとその本を読み終えた後ではないんですね。

確かにブログに感想を書くつもりで読んでいた時期もあって、その時は何とか読み終えてから記事を書く、というスタイルでやってはいたんだけど。せっせとメモったりしてね。

けれども、やっぱりなんかつまらん、と感じてしまったわけです。「ブログを書くために」読んでいる感じがどうも気に食わんと。で、とりあえず好きに読むようになりましてですね、というかまあつまりは、元に戻ったということになるのかな。(あ、でもメモしたりマーカー引いたりはしてるな)

そうすると、特に読み終わったからどうとかではなくて、なんだか不思議と『書きたい』という衝動が生まれる時があって、それはいつでも本を読んでいる途中でありまして。

それで最近は、そんな衝動が湧き出てきた時にとりあえず書き始め、とりとめのない、何の意味もない文章をつらつらと、というスタイルが流行、とこうなっておるというわけでございます。

で、またこうやって書いているとですね、例えば「何の意味もない」と先ほど書きましたですけども、ああそういえばこのフレーズはポールオースターのあの小説のあの場面で使われていたな、などと連想したりするわけですね。

なんかそういうのが楽しかったりして。そいでこれまた不思議と、それは実際に「書いている」時に湧いてくるもので、何を書こうか「考えている」時には、足枷つけて海に沈んだまま浮かんでこないもんなのです。

あくまで僕の場合は、ですけれども。他の人は知りません。

自由だ

まあ、結局何が言いたいかというと、本の読み方もブログの書き方も十人十色でありまして、他人の意見など無視してよろしい、ということですね。

なので、僕の意見も既読スルーでお願いします。読むだけ読んで。幾日か経てば、全然意見変わってるなんてことも十分ありえますもんね。

ああ、そうやって行雲流水の如く生きていきたいですね。あ、行雲流水といえば、町田康さんの。。

www.hontoiroiro.com

と、いつまでたっても終わることができませんので、この辺でやめます(飽きた)。

おわり。