ほんといろいろ。

読書とただ日常は日記か何か

性格だから許して

時折、妻が僕の手相を見る。そして、決まって「運命線がない。。」と言ってそのわずかな占いの時間は終了する。それが何を意味するのかは決して言わずにである。今までに何度同じ事を繰り返したか覚えていない。不可解な行動である。

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結局自分で調べる(今更)。

簡単に言うと、35歳を過ぎて運命線がない人は、社会との関わり合いが薄く依存的になりやすい、ということらしい。社会的に成功することよりも、別のことに興味があり、マイペース、天邪鬼。

まあ、合ってるといえば合っているのかもしれない。

結局ブログもそうで、どうにも自己満足的な書き方しかできない。承認欲求はあるが自分に依存、社会と距離。仕方ない、性格である。

作家の長嶋有さんが、どうしてもエンタメは書けない、純文しか書けないと言っていたが、わからなくもない。まあ、僕はどちらも書けないけれども、なんとなく言っていることはわかる(とはいえ長嶋さんはエンタメも書ける)。

ブログも、いわゆる人のためになるもの、をかける人もいれば、そういうものを書けない人もいる。どちらが正しい、ということではなく、ただそうなのだというだけのことなのかもしれない。

結局、書きたいように書けばいいのである。否定はしない(頭の中はそうとは限らない)。

つまり、このようなどうでもいい誰の役にも立たない文章を許してね、ということである。


川上未映子『夏物語』まだ読み終わっていない。Kindleで購入してしまったのが原因ではないかとも思っているが、ただいつも通り乱読してしまっているだけである。

これも許してね。って別にいいのか。