ほんといろいろ。

読書とただ日常は日記か何か

川上未映子『乳と卵』から『夏物語』へと続く物語と残業と。

残業を控え(書き終えたのはすでに残業中)、休憩しつつカレーパン(ローソン)を食べながら、それが入っていた袋に書かれた「本品に含まれているアレルゲン」の部分を読む。乳・卵・小麦・牛肉・大豆・鶏肉・豚肉・りんご。

お。ということで、川上未映子『乳と卵』である。

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どんな話だったっけ、なんて記憶をたどりながら読んでいくが、なかなか思い出せない。そして中盤あたりでやっと気付く。あ、これ最後まで読んでない。先日の『ウィステリアと三人の女たち』もそうだったけれど、とにかく乱読してばかりの僕にとって日常茶飯事的な「読んだつもりで実は未読」な本はたくさんあって、この『乳と卵』もそのうちの一つだったのである。新作『夏物語』が『乳と卵』のアナザーストーリー的というか続編であるという事前情報のもと、どんな話だったか思い出そうと読み始めるが、そもそも知らなかったというおバカな話である。


まあ、このクセの強い文体は、読み手の気分によってはなかなか読むのが億劫であるかもしれない。僕も多分何度か読もうと試みているが、そういう気分(どういう気分だ)ではなかったのだろう。

ただ、ハマったら最後である。その文体の独特のリズムに踊らされるように読まされ、気付いたらあの名場面ということになるに違いない。著者自身も、小説を書く上で関西弁には助けられていると語っているとおり、それを存分に活かした、ほの暗さとユーモアの混在する文体が、より登場人物たちの心情をリアルに浮かび上がらせているように感じる。

特に緑子(12歳?)の描写がリアル過ぎるというかなんというか。著者自身の少女時代が投影されているということで、それはそうかもしれないけれども、それにしても、とても敏感で繊細で複雑な子供の心情がピキピキと伝わってくる描き方である。

乳と卵 (文春文庫)

乳と卵 (文春文庫)

新作『夏物語』を今読んでいる。序盤はこの『乳と卵』のリメイク版で、特に予習する必要はなかったかなとも思うけれども、文体の違いや、どこを抜いて何を足して書いているのかというところも楽しめて良いと感じる。

なんにしても、『乳と卵』を読んだ人ならきっと感じたであろう、語り手の「私」がどんな人物なのかというところ。それが『夏物語』を読むことでわかることになりそうである。つまり『夏物語』は『乳と卵』の語り手『私』こと、夏子のお話なのだ。楽しみ。

夏物語

夏物語


さて、これはフリである。

気付いたら、違う本を読んでいた、なんてことにならないように、こうやって書いておくことで、次は『夏物語』について何か書かざるをえなくなる状況をつくったのだ。『乳と卵』、『ウィステリアと三人の女たち』と同じ過ちは繰り返すまい、という強い意思表示である。

なんて。

結局、「気分次第無理しない」が僕の読書法であるので、どうなるかはわからない。笑。

ということで残業の続き。