ほんといろいろ。

読書とただ日常は日記か何か

『幽霊たち』ポール・オースター

いつだったか忘れてしまったけれど、僕が初めて読んだポールオースターの小説。それが『幽霊たち』だった。

私立探偵ブルーは奇妙な依頼を受けた。変装した男ホワイトから、ブラックを見張るように、と。真向いの部屋から、ブルーは見張り続ける。だが、ブラックの日常に何の変化もない。彼は、ただ毎日何かを書き、読んでいるだけなのだ。ブルーは空想の世界に彷徨う。ブラックの正体やホワイトの目的を推理して。次第に、不安と焦燥と疑惑に駆られるブルー……。'80年代アメリカ文学の代表的作品! (新潮社HPより)

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記憶がかなり曖昧で、どういった出会いだったのか、イマイチはっきり思い出せなくてモヤモヤするけれども、これがファーストコンタクトだったのは間違いない(小説以外をカウントするとすれば「スモーク」という映画が最初)。しかし、記憶が曖昧ということから考えると、初めて読んだ時の印象はそれほど強くはなかったのだろうか。いや、たぶん何度も読みすぎて薄れてしまっているだけだろう(ポールオースターの小説の中で一番再読回数が多い)。

とまあこのように、とにかく記憶というのは、知らないうちにどんどん上書きされていってしまう。でもその割に、なかなか頭から離れない記憶というものも確かにある。ポールオースターの小説は、そういった、人や場所に強く刻まれた記憶の映像や写真のようなものが、ペタペタと貼られたコラージュのようにも見えなくもない。それぞれ全く異なる空間の記憶が重なり合うことで、ひとつの物語ができあがる。その一角を担う記憶の映像や写真のなかに登場するのが、今はこの世界に存在しない「幽霊たち」である(もちろん幽霊でない場合もあるよ)。

たくさんの偉人があそこに行っている、とブラックは言う。エイブラハム・リンカーン。チャールズ・ディケンズ。みんなこの道を通って、教会に入っていったんだ。
幽霊たち。
そう、我々のまわりは幽霊たちであふれている。
『幽霊たち』(新潮文庫) p79.80


小説全体を通しての物語も勿論面白いのだけれども、コラージュを構成するひとつひとつの記憶のエピソードもとても魅力的である。小説内に登場する「幽霊たち」それぞれの物語。『幽霊たち』で言えば、ヘンリー・デイヴィッド・ソロー、ヘンリー・ウォード・ビーチャー、ナサニエル・ホーソーン、ロバート・ミッチャム、ウォルト・ホイットマンやジャッキー・ロビンソンの物語。彼らはきっとポールオースターに影響を与えた人物たちに違いない。

それぞれ面白いけれども、個人的に印象に残ったのは、ブルックリン橋建設にまつわるエピソード。設計者のジョン・ローブリングと息子のワシントンの逸話。と勿論その話も興味深かったのだけれど、実はそこじゃなくて。

父親は橋が完成した年の生まれだった。その結びつきをブルーはずっと覚えていて、何となくこの橋が父の記念碑であるような気がしていた。 『幽霊たち』(新潮文庫) p31

僕の母親は昭和33年3月生まれなのだけれど、これは東京タワーが完成した年で、しかも高さの333mと数字の並びが一緒だということで(33年完成だから333mというのは偶然らしい笑)、それを結びつけて記憶していたというエピソードとこれは同じじゃないか!と感動したという、まことに自己中心的な感想で。笑。

でもこういうのは、なかなか嬉しいものである。やはりポールオースターの小説はこういった「偶然の産物」を僕らに与えてくれる。


オースターお得意の映画の描写もまた、この『幽霊たち』でも重要なコラージュ構成要素である。ロバート・ミッチャム主演の「過去を逃れて」。主人公ブルーがお気に入りの映画で、今回初めて僕もこの探偵映画を観たのだけれども、これがなかなか面白かった。

とにかくミッチャムの目が印象的で(勿論ストーリーもよいよ)、ちょっと調べてみたら彼は元ボクサーで、試合やなんやで殴られてそれであのような目になったということらしい。逃れられない過去が、あの印象的な目に宿っているのである。この映画の主演には適役だったということなのかもしれない。

彼は過去によってマークされてしまったのだ。ひとたびそうなってしまえば、もうどうしようもない。ブルーは考える。いったん何かが起きてしまえば、それは永久に起こりつづけるのだ、と。二度と変えることはできない。永久にそうであるほかはないのだ。 『幽霊たち』(新潮文庫) p56p56

「過去を逃れて」の他にも、作中でブルーが観た探偵映画が、タイトルだけだけれど何作かあったので、後で観てみようと思う。


ということで、いつものように好き勝手に特に意味のない文章を書いたけれども、つまり僕が言いたいのは、ポールオースターの小説はいろんな読み方で楽しむことができる、ということである。訳者の柴田元幸さんのあとがきから引用させていただくとすれば、

思想の正邪ではなく、思索の快楽を味わわせてくれることが、オースター文学の大きな魅力である。 『幽霊たち』(新潮文庫) 訳者あとがきより

ということなのだ。

是非『幽霊たち』を読んで、うんうん唸りながら思いっきり思索してください。

幽霊たち (新潮文庫)

幽霊たち (新潮文庫)

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