ほんといろいろ。

読書とただ日常は日記か何か

メタブログ的『ムーンパレス』論を書くための序文になりきれない雑文

4月に入り、冬に逆戻り。

やはり面白いです『ムーンパレス』

そうなんです、僕は『ムーンパレス』を再読したのです。ムーンパレスというのはこの小説に出てくる中華料理屋さんの名前なのですが、これは本当にコロンビア大学(ニューヨーク)の近くに存在していたらしいですね。ポールオースターも行っていたのでしょうかね。ぜひ行ってみたかった。

さて物語の終盤、マーコ(主人公)がモーテルの壁を殴ります。この小説『ムーンパレス』にはそんな場面がありますが、まさにその場面を読んでいた時に、僕の隣の部屋(出張で宿泊中のホテルの)からドンッという音がしました。びっくりしましたが、これはつまり、隣の部屋にはマーコがいたということになりますね。このように世界は偶然に包まれています。

小説にも現実にも因果律なんてものは重要ではありません。というのは言い過ぎですが、ポールオースターがいつも小説で描くように、偶然こそがリアルなのだと感じることが多いのも事実です。「何でも起こり得る」のが僕たちの生きる世界の現実です。つまりオースターの小説はリアリティを否定するリアリティがあり、言うなればポストモダン的リアリズム小説ということで、こういったある意味でのパラドクスが世の中を楽しくしているのは間違いありません。だから、僕はオースターの小説を読んでいて楽しいのです。

と、彼はブログに書いていました。

それを読んだ僕は、「まさにその通りだ」と共感したのを覚えています。

こんな風にメタフィクション的な要素もポールオースターの小説には沢山あって、それもまた楽しいですね。『ガラスの街』での「ドンキホーテ」についての講釈も面白かったです。と、ふと思ったのは、小説はあくまでフィクションだという前提があるから成り立つのかもしれませんが、これがブログだとどうなのだろうということです。

ブログは、まあ様々あるけれども、基本的には自己表現ノンフィクションですね。自己が消滅してしまっているブログも沢山ありますが、そういうのはさておき、虚構の中に飛び込む小説とは違って、日記やエッセイ的なブログはあくまで現実世界をそのまま伝えています。もちろん嘘をついていないという前提でですが。

てか、フィクションではないのだからメタフィクションになるわけはないってだけの話ですね。そうかブログだからメタブログですか。ブログについて書いたらそれもメタブログっていうのかもしれないけれども、そういうんじゃなくて、なんか小説内小説みたいな、そういった要素を取り入れてブログを書くとしたらどんな感じになるかな、なんて思っただけのことでした。別にどうでもいいですね。でもいずれそういったメタブログを書きたいと思います。

やっぱり好きです『ムーンパレス』

さて、久々に『ムーンパレス』を読んだわけだけれども、やはりというかやっぱりというか、こりゃホントに大好きな小説である、と再確認させられました。青春、恋愛、ミステリ、アメリカの歴史、孤独、アイロニー、父と子、哲学、文学、野球、言語、、、挙げだしたらきりがないくらい様々な要素が盛り込まれた小説(ポールオースターの小説は大概そうかもしれない)で、その要素ひとつひとつをキッカケに、いくらでも『ムーンパレス』についての文章を書けるのではないかと思わせられます。僕の語彙力文章力では無理ですがね。きっと彼には出来るのでしょう。

それにしても、彼も書いていましたが、因果律なんてなんの役にも立たないじゃないか、と思わざるを得ないほど、理不尽な状況に陥っていく、というかそれに置かれているマーコを見ている(想像する)のがとても辛いです。いやむしろバーバーの方が辛いのかもしれない。(エフィングは因果あり系おじいちゃんだからとりあえず置いておく)。

で、とにかく読んでいて辛いんだけれども、でもこれはマーコ自身が17年後(多分大体。かつ今の僕と同じくらいの歳)に過去の自分に起こった出来事を回想しながら書いているという設定で、時折(ホントに時折)笑い話のように語っていることから、読んでいるこちらはなんとか谷底までは行かずに済む。ですから希望はありますね。

今、一般住宅新築現場の窓際で、お昼休みにこれを書いているのですが、ふと外を見ると雪が降っているではないですか。4月だというのに。でもですね、過去に止まなかった雪はないわけで、だからいずれ晴れるという希望があるわけです。それと一緒ですね。違う?

そんなわけで、そういった絶望と希望、因果と偶然、虚構と現実、そんなものがとてもバランスよく心地よく描かれているのが、この『ムーンパレス』であると僕は思っています。本当にバランス感覚が優れている作家さんですね。大好きです。

と、彼はブログに書いていました。はい、しつこいですね。

まあ正直に言いますとですね、彼は僕で僕も僕です。まあ皆さんお気づきでしょうが。でもこういうのを書くのってなかなか楽しいと思いませんか。誰の役にも立ちませんし、ハッキリ言って無駄でしょうけれども、そういうのがいいんじゃないの。AIに出来ないものが其処にある気がします。

なんてね。でも出来ない分からないままがユートピア的状況なんだと、僕は信じて生きていきます。そんな言い訳万歳。

おわり。