ほんといろいろ。

読書とただ日常は日記か何か

壁紙に潜むアイデンティティ

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僕の仕事はクロス職人でありまして、日々せっせか壁紙を貼っておるわけでございます。ひとりでの作業が多いのでですね、なんというか、会話する相手というのが、壁、ということになります。

仕事の意義

まあ、つまり自分との会話ということなのですが、いつもいつも内省的でいては何れ自己は崩壊しますね。ですから、たまに施主さんなどが見学に来たりしてお話しすると、とても清々しい気持ちになります。お客様と対面するとですね、ああ、この方のために僕は壁紙を貼っているのだ、と自分の存在価値を見出すことができるわけです。

でも、なかなか見にいらっしゃらない施主さんもおりますので、そうなると想像で意義というものをモチベーションタンクへ充填しなくてはいけません。そうこうしていると自己の中に他者が生まれてきます。自分との会話の中に他者が入り込んできます。不思議ですね。

アイデンティティを探求せよ

いや、なんだか逸れていきましたけども、今の現場の壁紙がですね、なんじゃこりゃってな具合に、柄に柄を合わせてさらに柄、みたいな、破茶滅茶な感じでございまして。まあ、貼ってみないと分からないところも多分にありますが、それにしても、センスが。。とつい思ってしまったのでありまして。

でもですね、それを選ぶセンスというのは、その方のいわばアイデンティティであるわけです。つまり壁紙はその人のアイデンティティを表現しているということになります。

そうなると、そのアイデンティティをどうこういう権利は僕にはありませんし、結果ごめんなさいと謝るしかないわけですね。センスが、とかいってごめんなさい。自分はどうなんだ、と自問して、恥ずかしくなります。

つまり、何が言いたいのかというと、なんだかんだと否定する前に、その人が何を見て、どういう人生を歩んで来たのだろうか、と想像することが大事なのだ、ということですね。アイデンティティの探求です。もちろん人だけではなく、モノに関しても、その歴史を知ることが大切だということです。

この世界で最も重要なのはディグ精神です。掘り続けましょう。果てることなき底へ向かって。掘っても掘っても先の見えない闇は絶望です。でも絶望があるから希望があります。多分ディグ精神の次に大事なのはアンビバレント精神です。両端を生きて、最終的には引き裂かれます。

どう生きようと、いずれ全てが消滅します。世界の終わりを待つのみです。

でも

やっぱりただ待ってるのもつまらないので、明日も僕は壁紙を貼ります。ひとり楽しく。

おわり。