ほんといろいろ。

読書とただ日常は日記か何か

ブログ書きとして読む『圏外編集者』都築響一

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「ああ、わかるー」を何度口にしたか。著者の都築響一さんとは、全く生きてきた道は違うけど、この世の中に対して思うこと、考えることになかなかどうしてな強いシンパシーを感じた。ただ、ひとつ。行動力という点において、僕と都築さんの間には天と地以上の差があるということを実感せずにはいられなかった。残念無念。


でも強く共感したのは確か。ちょっと興奮しちゃって、書きたい欲がモクモク湧いてきたので、記録しておこうと思う。というかあれです、つまりこのブログを読むより、都築さんの『圏外編集者』という著書を読んだほうが早いという話です。笑。僕が書きたいことと、この本に書いてあることは大体一緒なんで。

都築響一さん

1956年、東京都生れ。作家、編集者、写真家。上智大学在学中から現代美術などの分野でライター活動を開始。「POPEYE」「BRUTUS」誌などで雑誌編集者として活動。1998年、『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』(筑摩書房)で第23回木村伊兵衛写真賞を受賞。2012年から会員制メールマガジン「ROADSIDERS' weekly」(www.roadsiders.com)を配信中。『TOKYO STYLE』(ちくま文庫)、『ヒップホップの詩人たち』(新潮社)など著書多数。(新潮社HPより)

以前から知っていたし、著書も何冊か持っている(はず)。家のどこかにある(はず)。でも僕が持っているのは、『TOKYO STYLE』とかそういう写真集スタイル的なやつで、都築さんの、いわゆる文章というのを読むのは初だった。面白いことをする人だな、ってのは何となく感じていたけど、今回の著書『圏外編集者』を読んで、その「面白いこと」をする都築さんのバックボーンを知ることができた。


思ったことを書いとく。

「編集者」ではないけどブログ書き

この『圏外編集者』という本は、タイトルにもある通り、一応「編集者」と呼ばれる人たちに向けて書かれているけども、僕と同じようにブログをやっているって人にも是非読んでもらいたいなと思った。


なんでブログを書くのかって、やっぱり単純に楽しいからで(動機はお金だったけど)、読んでもらいたいし反応も欲しいけど、僕はどうしても、「読者のために」という書き方が出来なくて。何度かそういう記事を書いてみたりしたけれども、どうしても違和感が残った。嘘だから。まあ、厳密に言えば嘘のないブログなんてないけども。


でもやっぱり自分のためなんだよなー、どう考えても。あー考えてもこー考えても。


万が一僕のブログを読んでくれる人がいた時のことをちょっとは考えて(もちろん嬉しいこと)、読みやすくしようとか、そういうことはする。ブログを含め「誰かの真似」ではないものなんて存在しないけど、なるたけ自分に素直に忠実に、混沌とした脳内をそのまま書き出していきたい。なるたけね。出来る限り。


というのを、まずひとつ再認識させていただいたわけでございます。

いちばん身についたのは、「読者層を想定するな、マーケットリサーチは絶対にするな」だった。知らないだれかのためではなく、自分のリアルを追求しろ、と。(『圏外編集者』本文より)

「本の読み方」の理想と現実

3年くらい、いわゆる『読書感想ブログ』的なものを書いてきて、それなりに沢山の本を読んできたなとは思うわけだけども、その中で本当に自分が好きになった小説(あるいは作家さん)って、数えるくらいしかない。割合でいったら、2、3%くらい?適当だけどそんなもん。ほかの小説は「まあそれなり」程度。


是非オススメしたい、なんてのには滅多に出会わないわけでございますね。でまあ、僕の理想、というか「カッコイイな」と思う本の読み方っていうのがあって、年に何百冊読んだとか、速読得意ですぜ、とかそういうんじゃなくてね、大好きな1冊の本を何度も何度も読むっていうやつなのですよ。もう他など知らん、くらいの感じで。


ほら、伊坂幸太郎さんの『グラスホッパー』っていう小説で鯨って殺し屋が、ドストエフスキーの「罪と罰」持ち歩いてて、それしか読んだことないんだけど、会話の中でそこからさりげなく引用したりってのがあったでしょ。あーいうの。憧れる。


でもそういう本に出会うためには、それこそ大量に読まねばならないわけで。で、「あ、出会った」と思っても、もっともっとあるはずだと、次々読んでしまうわけで。ほんと人間の欲というのは果てしなく恐ろしいわけで。


いや、単に性格なのか、僕の。


うーん。まあ多分これからもそんな理想は抱きつつも、次から次へ乱読上等な感じで読み続けていくのでしょうね。しょうがないよね、性格だし。


まあでも、あれね。やたら「オススメ」するブログにならないようにだけは気をつけたいよね。


ということを考えた。

ひとよりたくさん本を読む必要なんてない。それよりもはるかに大切なのは、100回読み返せる本を、何冊か持つこと。(『圏外編集者』本文より)

評論家と小説家

小説の批判的な書評なんかを読んでいると、「で、お主は書けるのかね?小説」なんてことを思ってしまう。ま、それが趣味なのかもね。どうぞどうぞ。「で、お主は書けるのかね?書評」と言われたらお手上げですが、なんというか、真面目な揚げ足取り書評はあまり好きではなくて(ユーモアがあればOK笑)。


真面目といえば、あの一條次郎さんがどっかのインタビューで言っていた「真面目に書いていると悲しくなってくる」という言葉を思い出す。アイロニカルなお言葉ですね。この辺も好きな要素のひとつ。

www.hontoiroiro.com


逸れました。


確かにちょっとこれはという小説もありますがね、そういうのは途中でやーめたとなるので、そもそもブログに書きません(逃げ)。書評家さんは仕事だから仕方なく読んでいるのでしょうね。大変。僕は仕事ではないので、読みたいのしか読まないのです。感謝。


という風に結局僕も批判的なことを書いてるじゃん、と辟易したところで話を戻すと、つまり偉そうにあーだこうだ文句を言うなら自分もやってみてからにしましょうと言いたいわけでした。どんとはれ。

「一流の評論家より、二流の実作家のほうが偉い」と僕は信じていて、それが大方の評論家にはわかっていない〜 (『圏外編集者』本文より)

まとめる

ということで、この、都築響一さんの『圏外編集者』という本は、「編集者」さんに向けて書かれた本だけど、僕は「本を読んでブログを書く人」として読んだよ、ということでした。


おわり。